宇宙の物質の起源

 

 

 

宇宙の一様性・等方性
宇宙が膨張していると考える根拠は、ハッブルの法則と宇宙の一様性でした。つまり、宇宙のどこででもハッブルの法則が成り立つとするならば、空間そのものが膨張していると考えることが自然である、ということでした。
この一様性は、地球から見てもっともらしいというだけでなく、最近の精密な宇宙背景放射の観測もそれを支持しています。つまり、どの方向からやってくる電波を観測しても、「ムラ」がほとんど無くて全て同じ温度(約絶対2.7度)の電波であると。
この非常に高精度な一様性は、一見、宇宙のシンプルさを表しているようですが、次のような問題を含んでいます。

完全に一様ならば今の宇宙にはならない
宇宙がはじめから完全に一様ならば、エネルギー(=質量)の分布にムラが無いわけですから、物質が集まって星や銀河を作ることなく、軽い元素が一様に空間に分布していたでしょう。

ところが、1990年代に背景放射の温度の精密な観測が可能になりました。それによって、その温度は完全に一様ではなく、10万分の1程度のムラがあることが発見されました。このごくわずかな温度のムラが重力の強さのムラとなり、宇宙が物質優勢になったときに物質密度のムラとなって、密度が大きいところに軽い元素がより多く集まって核融合を始めて星や銀河を作る素になったと考えられています。
では、この小さな温度のムラはどうやってできたのでしょうか?
この問いに対する答はまだ決着がついていませんが、有望な理論はすでにあります。

異なる方向からやってくる背景放射の一致
これも非常に不思議なことです。現在の背景放射は、電気的に中性な原子が形成され、光子が自由に飛び回れるようになった後、宇宙膨張とともに冷やされたものであると説明しました
また、地球上の私たちから見て、東の方から来る電波と西の方から来る電波の温度が互いに一致しています。このことはよく考えると非常に奇妙なことです。どうして奇妙であるかを説明するために、まず因果律地平線についてお話ししましょう。

因果律」とは原因と結果の間に成り立つ規則ですが、普通は「時間的に、原因は結果の前にある」、ということです。(当たり前ですね!)
相対性理論によると、真空中でもっとも速いものは光(=電磁波)です。光は1秒で約30万キロメートル進みますから、観測者から30万キロメートル離れたところで起こる現象が、その観測者に影響を与えることはできるのは、早くとも1秒後です。このことを図で表すと下の図のようになります。


非相対論では、観測者にとって過去に起こったことは、どんなに離れたところで起ころうと観測者に影響を与えられます。無限大の速度を許しているからです。従って、観測者に影響を与えることができる現象は黄色の領域内で起こったことです。
ところが相対論では、光より速いものは無いわけですから、観測者に影響を与えることができる事象は図のように、光と同じかそれより遅いものが影響を与えられる範囲に限られます。(ピンクの領域)
例えば、図のBという時刻(Aの0.5秒後)にAと同じ場所で起こったことが観測者に影響するとしたら、光速の2倍の速さが必要になります。また、Aと同じ時刻にCで起こったことも、観測者から見るとAより遠いところにあるので、影響を与えるには光速より速い速度が必要です。従って、BやCで起こった出来事は観測者に影響を与えることができない、つまり因果的に関係のないことになります。

話はそれますが、SFやアニメなどの宇宙空間での戦闘シーンで、「レーザー砲接近中!」なんて言っていることがあります。ところが、光速(=レーザーの速度)より速いものはないので、そのときにはもうやられているわけです。思わず画面に向かってつっこみたくなります。

観測者の側から見ると、0.5秒前のBで起こったことや、1秒前のCで起こったことを知ることができません。つまり、1秒前では、観測者の場所から30万キロメートル以内が「見ることのできる限界」なのです。
この「見ることのできる限界」は、地平線という言葉を連想させます。しかし、これは1秒前の"地平線"です。2秒前にはその2倍の距離の所にあるでしょう。宇宙が始まって以来、因果的に関係がついていた領域の限界を単に「地平線と呼びます。宇宙が始まった頃は、光速度x宇宙年齢 程度の所にあることになります。ところが、計算はこれほど単純ではありません。宇宙は膨張していることを思い出して下さい。しかも、膨張する速度(ハッブル定数)は時間とともに変化してきました。宇宙の膨張を考慮に入れた計算をすると、放射優勢や物質優勢の宇宙では


となります。正確には少しだけ定数(放射優勢の方が少しだけ大きい)が掛かりますが、1と余り変わらないので省略します。
これまで現在のハッブル定数については触れましたが、ハッブル定数が時間とともにどう変化してきたかについては述べていません。上の地平線の式が成り立つときには、ハッブル定数は宇宙が始まってからの時間に反比例しています。

地平線が時間とともにどのように変わってきたかをもう少し詳しく見ましょう。
空間が膨張していないときは、地平線が 光速x時間 という式に従って広がっていき、それまで因果的に無関係だった領域をどんどん飲み込んで行きます。

実際には、前に説明したように空間が時間とともに膨張します。地平線は時間に比例して大きくなりますが、空間のスケールは時間の2/3乗または1/2乗です。宇宙の歴史の大部分は物質優勢ですから、空間のスケールは時間の2/3乗に比例すると考えましょう。

右の図はそれぞれの大きさがどのように変化したかを示しています。
例えば、ある時刻に地平線の大きさが100億光年だったとします。このとき私たちから見て100億光年までがぎりぎり見えていますが、少し時間をさかのぼると100億光年先の星は地平線の外にあったことが分かります。
地平線が時間とともに大きくなり、因果的領域を増やしていくことは空間が膨張していない場合と同じです。

この事実に基づいて、宇宙が1万度程度の時に原子が形成されて光子が自由に飛び回れるようになったときの地平線の長さを現在観測すると、視野角にして約1.7度となります。宇宙が1万度の時は、現在から約130億年前ですから、距離にすると130億光年程度です。
この角度の内側の電波のスペクトルが一致しているのは当然なのですが、この角度を超えて、つまり、光子が自由になる前には因果的に関係の無かった領域から来る電波までもが一致するのは不自然なのです。

実際の観測ではあらゆる方向から来る電波のスペクトルは一致しています。このように地平線を越えて一様性が成り立っていることを地平線問題と言います。
これも残された問題の1つですが、やはりこれを解決する理論も考えられています。