宇宙の物質の起源

 

 

 

宇宙の年齢
宇宙の始まりがよく分からないので、正確には年齢を決めることは出来ないのですが、宇宙が始まって約1秒ほどで元素合成が起こるように、宇宙の始まりの謎はごく初期の非常に短い時間に凝縮されています。
宇宙初期の放射優勢の時代ですら1万年程度ですので、100億年を超すと言われる宇宙の歴史から見ると100万分の1以下です。従って、「年齢」を考えるときには、物質優勢の時代がほとんどを占めていて宇宙のごく初期は無視しても良いでしょう。
では、宇宙の年齢を決めるにはどうすれば良いかというと、宇宙の歴史を逆にたどって、大きさがほとんど0になるまでの時間を計算すれば良いのです。つまり、現在のハッブル定数の値から始めて、それぞれの時刻でのハッブル定数を求めて、宇宙のスケールがほとんど0になるまで時間をさかのぼります。

数学的に言うと、微分方程式であるフリードマン方程式を、現在のハッブル定数を初期条件として解きます。フリードマン方程式は宇宙のスケールを未知関数、時間を独立変数とする2階微分方程式です。現在の宇宙のスケール(これを便宜上1とします)とハッブル定数(スケールの時間に関する微分)を与えれば、一意的に解を求めることができます。これは丁度、力学の運動方程式を解くときに、初期の位置と速度を決めれば解が決まるのと同じことです。

ところが、宇宙の膨張の仕方は、宇宙の中のエネルギー密度によって決まっています。また、エネルギー密度と宇宙のスケールの間にはある関係があります。前に見たように、放射のエネルギー密度はスケールの4乗に反比例し、物質のエネルギー密度はスケールの3乗に反比例します。従って、宇宙のエネルギーの中身が何であるかによって、時間をさかのぼるときの宇宙のスケールの変化の仕方が違います。
例えば、放射優勢の場合は宇宙のスケールは時間の1/2乗に比例していますが、物質優勢の場合は時間の2/3乗に比例しています。従って、物質優勢の場合のスケールの方が時間を横軸にとると、直線(時間の1乗)に近くなります。
右の図に、仮に宇宙がずっと放射優勢である場合と物質優勢である場合のスケールを時間に対して表しています。ハッブル定数は曲線の傾きに相当します。
現在のハッブル定数は分かっていますので、それを2つの場合で一致させると、放射優勢の方が「若い宇宙」であることが分かります。
このように、正確に宇宙の年齢を知るには、現在のハッブル定数の他に、現在の宇宙のエネルギー密度とその組成を知る必要があります。
宇宙のエネルギーの密度
これまで宇宙のエネルギー密度の大まかな値は述べましたし、それを使って、宇宙の歴史をさかのぼってきました。
エネルギー密度が大きいと、重力の引力がはたらいて、現在は膨張している宇宙でも将来収縮するようになります。エネルギー密度が小さいと、そのまま膨張を続けます。将来宇宙が収縮するか膨張を続けるかの境目になる密度のことを臨界密度といいます。この臨界密度は、後に述べる宇宙の形を決める重要な要素でもあります。
現在の臨界密度は質量に換算すると約10-29g/cm3です。
それでは、実際の宇宙のエネルギー密度はいくらなのでしょう?それが分かれば、宇宙の将来も分かるかも?
ところが地球上で固体や液体の密度を測るほど簡単に、宇宙のエネルギー密度を測ることは出来ません。それは、ハッブル定数の測定と、フリードマン方程式を用いて、宇宙の膨張の仕方から決めています。その結果、誤差が大きいのですが、誤差の範囲内で臨界密度と一致します。但し、「誤差の範囲」がありますから、宇宙の運命は微妙なところで、これだけの情報では未だ分かりません。
でも、臨界密度に非常に近いのには何か理由があるのでは?と考えたくなるのが物理屋の性分です。実は、そのような理論も考えられています。
宇宙のエネルギーの組成
上に述べたように、宇宙の年齢を決めるには、エネルギー密度の中味を知る必要があります。
これまで、エネルギーの種類として、物質(質量を持つもの)と放射(質量のないもの)に大別してきましたが、ここ数年の精密な観測により、現在の宇宙の膨張の仕方を説明するには、もう1つ別の形態のエネルギーが必要であることが分かってきました。非常に遠方の星の見え方や、宇宙背景放射の非常に小さな温度揺らぎの観測の精度が飛躍的に向上し、それぞれのエネルギーが占める割合が詳しく分かるようになってきたのです。特に、ここ2、3年(2003年現在)の進展はめざましいものがあります。その時代に生きているのですから、幸運ですね。
では、どんなエネルギーかというと真空エネルギーと言われるものです。ダークエネルギーとも言われます。これは宇宙のスケールによらずに、空間をみたしています。私たちの日常に関係している物理法則には、この真空エネルギーは無関係です。例えば化学反応や原子核反応でエネルギーを取り出すことをしますが、それは反応前後のエネルギーの差であって、エネルギーの絶対値は関係しません。ところがアインシュタイン方程式(従って、フリードマン方程式)はエネルギーの絶対値に依存しています。

高校の物理で、万有引力や静電気力の位置エネルギーを決めるときに、「無限遠で0になるように原点を選ぶ」と習ったことがあるかも知れません。このように「エネルギーの原点」を勝手にとることが許されるのも、これらの法則ではエネルギーの絶対値は関係しないからです。
また、真空からエネルギーを取り出して有効利用しようと考える人もいるかも知れませんが、夢の永久機関が出来るわけではありません。アインシュタインの相対論の枠組みで作られた理論は、真空エネルギーまで含めた形で
エネルギー保存の法則が成り立っています。この保存則を破らない範囲で、真空エネルギーの有効利用が出来ると画期的かも?

では真空エネルギーがあると、宇宙の膨張の仕方はどうなるのでしょうか。その特徴をとらえるために、まず宇宙のエネルギーの全てが真空エネルギーであるとしましょう。このとき、空間のスケールは時間の指数関数のように急激に増加します。「指数関数」を説明するために物質優勢や放射優勢の場合のスケールの増え方と比較してみましょう。

1秒 2秒 3秒 5秒 10秒 20秒 60秒
放射優勢 1 1.41 1.73 2.24 3.16 4.47 7.75
物質優勢 1 1.59 2.01 2.92 4.64 7.37 15.33
真空優勢 1 1.2 1.44 2.49 6.19 38.34 56350
(指数関数として、1.2の時間乗としましたが、この1.2は真空エネルギーとともに大きくなります)
上の表をグラフにすると右のようになります。横軸が時間で、時間がたつと真空優勢の場合は、急激にスケールが増大することが分かるでしょう。
この増加の仕方は、真空エネルギーが大きければ大きいほど、急激になります。

実は、このような急激な宇宙の膨張は、全く別の目的で考えられたことがあります。
それは、
インフレーションと言われるもので、それについては最後に簡単に述べることにします。ここで言えることは、真空エネルギーが支配的である時期があると、その時期には急激な指数関数的膨張が起こった、ということで、それを利用したのがインフレーションのアイデアです。

さて、最新の観測データは、現在のエネルギー密度が次の表のようになっていることを示しています。

物質 放射 真空
27% 0% 73%
現在では、放射のエネルギーは物質の1万分の1程度ですから、この表では0となっています。
真空エネルギーの割合がこのように大きいのはちょっと驚きです。時間をさかのぼると物質や放射のエネルギー密度の方が急速に増加するので、これまでにお話ししたビッグバン理論、特に放射優勢の時代に起こったことの内容は変わらないのですが、宇宙の年齢や宇宙の将来についての予想を大きく変更しました。
物質のエネルギー密度が100%の場合と、真空エネルギーが73%ある場合にスケールの時間依存性を計算し、現在の時刻でグラフの傾き(ハッブル定数)が一致するように重ねると下のグラフのようになります。


真空エネルギーが多いほど、曲線の初期の立ち上がりが緩くなるので、宇宙の年齢は長くなります。臨界密度のほとんどが物質密度であると考えられていたときは、宇宙の年齢は90から100億歳と思われていたのですが、最新の観測データに基づくと、

宇宙の年齢は約138億歳

になります。
このように、宇宙の年齢に関してはかなりよく分かってきました。
ダークマター
物質のエネルギー密度は全体の約27%ですが、この中でバリオン的物質、つまり陽子や中性子といった天体や私たちを含めた物質を作っているものの割合は、全エネルギーの約4%しかありません。残りの23%程度は、バリオン的でない物質ということになります。これらの物質は、質量はあるが光を放ったりしないので、ダークマター(暗黒物質)と言われています。
銀河の星やその速度の分布からも、目に見えない質量を持った物質が必要であることは以前から言われていました。目に見える物質の6倍近くあるわけですから、星や銀河の形成に重要な役割を果たしたと考えるのは自然でしょう。
では、ダークマターの正体は何なのでしょうか?
活動を終えた星やブラックホールと思われるかも知れません。「バリオン的物質が4%」というのは、上に述べたように宇宙背景放射の観測から得られた値ですが、元素合成に必要なバリオン数とも一致していますので、見えない星まで含めた「全てのバリオン的物質」の密度です。従って、見えない天体は陽子・中性子からできているとするとバリオン的物質に含まれます。ダークマターは次の性質を満たす、バリオン的でない粒子から出来ているはずです。
  1. 質量を持つ
  2. 光を出さない(=電磁相互作用をしない)、つまり、電荷を持たない
  3. 安定である。つまり崩壊しないか寿命が非常に長い
既知の粒子でこれらの性質をみたすものとしてはニュートリノがあります。しかし、ニュートリノの質量は非常に小さく、ニュートリノは光速に近い速度で運動していると考えられます。このように、速度の大きい物質からなるダークマターを、熱いダークマターと言います。但し、熱いダークマターでは銀河形成をなかなかうまく説明できないという問題があります。
一方、質量が大きく、速度が光速に比べてずっと小さい粒子からなるダークマターは、冷たいダークマターと言われます。既知の素粒子の中には、上の3つの性質を満たし、質量が大きいものはありません。例えば中性のヒッグス粒子は1.と2.の性質を持つのですが、クォークやレプトン、ゲージ・ボソンに崩壊してしまいます。そこで、冷たいダークマターの候補としては未知の粒子が考えられますが、むやみに都合の良い粒子を加えるわけにはいきません。素粒子の標準模型を拡張した理論で、安定な中性粒子を含むものとしては、ある種の超対称性理論があります。この理論は現在、精力的に研究されています。

このようにダークマターは必要であることは分かってきましたが、その正体はまだ分かっていません。