宇宙の物質の起源

 

 

 

バリオン数生成の理論 その1

バリオン数生成を可能にする理論があるとすれば、それは前に述べた3つの条件を満たさなくてはなりません。

まず第1の条件、バリオン数の変化を伴った過程があること、を満たすと言うことは次のことを意味します。
電荷やエネルギーの保存が成り立つとすると、クォーク(電荷を+2/3か-1/3を持っている)が他の電荷を持った粒子に変化するはずです。例えばクォークがレプトンに変化するとか。

このように粒子の変化を伴う過程弱い相互作用のときにもありました。例えばアップ・クォークはウィーク・ボソンを出すときにダウン・クォークに変化します。この過程の前後ではバリオン数は+1/3のままです。
標準模型ではクォークとレプトンは違う粒子のグループだったので、弱い相互作用では決して互いに入れ替わることはあり得ないのですが、クォークとレプトンを1つの仲間にしてしまうような理論があります。クォークは強い相互作用をしますが、レプトンはしません。この性質の異なる粒子を仲間とするには相互作用も区別しないような理論、それは弱い相互作用、電磁相互作用、強い相互作用を1つの相互作用として扱う

大統一理論

と言われるものです。

大統一理論はまだ確証された理論ではありません。そして唯1つの理論ではなく、大統一する(3つの相互作用を統一する)理論には幾つも候補が考えられています。これらの候補はいずれも、ある条件下で3つの相互作用を導くことが出来、数学的な矛盾を含まない理論です。従って現在の実験では排除できない多くの理論が生き残っています。


大統一理論では3つの相互作用が「統一」されるので、それぞれの相互作用を媒介するゲージ粒子である、グルーオン、光子、ウィークボソンは1種類の大統一ゲージ粒子の一部であることになります。この大統一ゲージ粒子にはグルーオン、光子、ウィークボソン以外の新しい粒子が含まれています。そしてそれが前にお話ししたX粒子の役割をします。

そして大統一理論には電弱相互作用と同じように粒子・反粒子の入れ替えの対称性を破っています。さらにおもしろいことには、初期宇宙でX粒子とその反粒子が対生成されるほどの高温状態から宇宙が冷えてきて、これらの粒子が崩壊を始める頃の宇宙の膨張率が粒子の崩壊率とほとんど同じ程度の大きさなのです。これは崩壊の逆反応が起ころうとするときには宇宙が膨張してしまい、崩壊によって出来た粒子(クォークやレプトン)が集まってX粒子を作ることが出来ないことを意味しています。つまりX粒子や反X粒子の生成と崩壊が平衡状態からずれるのです。

大統一理論はバリオン数生成の可能性が初めて真剣に研究された理論でした。しかしX粒子の存在の代償として深刻な問題も抱えています。

前に述べたように弱い相互作用ではWボソンを出して、中性子が陽子に崩壊します。この過程は、細かく見ると、中性子の中のdクォークがWボソンを出してuクォークに変わります。これと同じように陽子の中のクォークがX粒子を出してレプトンに変わることが起こります。例えば


のような反応が起こります。もし、このように単独の陽子(=水素原子核)が簡単に崩壊したら、私たちの体は安定に存在できないでしょう。実際には陽子の寿命は約1033年以上で宇宙の年齢(約1010年)よりずっと長いので心配はいらないのですが。

陽子の寿命なんてどうやって計るのでしょう?粒子の崩壊は量子論に従って確率的に起こりますので、1033個の陽子を集めておいて1年間1個も崩壊するのが見つからなければ「寿命が1033年以上」と言えます。水分子1個には水素原子2個が含まれますので、水を沢山貯めておいてじっと陽子が崩壊するかを見るのです。この実験は岐阜県にある神岡の地下実験施設で行われています。今ではその実験施設はニュートリノ振動の観測で有名ですが、建設当初の1つの大きな目的は陽子崩壊の観測だったのです。


従って大統一理論の中でも陽子の寿命が長いものでないと「陽子の寿命」と「宇宙のバリオン数」の2つの問題を同時に解決できないのです。
このような、そしてさらに良い性質を持った大統一理論の研究は現在進行中なのです。