宇宙の物質の起源

 

 

 

バリオン数生成の理論 その2

大統一理論以外に宇宙のバリオン数を説明できる理論は無いのでしょうか?

実は、「灯台もと暗し」と言っては何ですが、電磁相互作用と弱い相互作用を統一する標準模型にその可能性があったのです。このことは1980年代に指摘され現在までその研究が続いています。

標準模型でバリオン数生成の条件1が満たされていることは、大統一理論提唱の前から知られていました。ただ、バリオン数を変化させる過程が普通の素粒子の反応とかなり異なっています。X粒子やウィークボソンを出し入れするのではなく、インスタントンという特殊な粒子のようなものが出来ることで(バリオン数とレプトン数の和)が3つだけ変わります。ところがこの現象が起こる確率は殆ど0であることも知られていました。

ところが1980年代になって、初期宇宙のように温度が高い状態では
インスタントンではなくスファレロンという不安定粒子の効果のために(バリオン数とレプトン数の和)が変化する過程が頻繁に起こることが分かりました。
この過程のことを

スファレロン過程

と言います。この現象の特徴は

  • 現在の宇宙では全く起こらない
  • 宇宙が電弱相転移温度より熱いときには頻繁に起こっていた
  • バリオン数とレプトン数の和をかえるがバリオン数とレプトン数の差は変えない。

というものです。
初めの性質のために陽子崩壊の問題は全くありません。
また最後の性質のために、バリオン数とレプトン数の差がゼロである宇宙ではバリオンが残らないことも分かります。

事実、最も単純な大統一理論によって宇宙のバリオン数を作る場合、同数のレプトン数が作られるために、バリオン数とレプトン数の差はゼロのままです。バリオン数とレプトン数の和はゼロではないのですが、宇宙が冷えていく途中で、それらがスファレロン過程によって消えてしまいます。


但し、バリオン数生成のための条件2と3を満たすには標準模型を拡張する必要があることも前世紀終わりに指摘されました。どのように拡張すればよいかは現在研究されているところです。(私の専門の研究分野でもあります。)

またスファレロン過程の発見はバリオン数生成のメカニズムのバラエティを広げました。

例えば電弱相転移より前に、バリオン数ではなくレプトン数を生成しても、スファレロン過程により、それからバリオン数(=-(レプトン数))が作られるからです。

例えば最近のニュートリノ振動の実験から示唆されるようにニュートリノが質量を持つとすると、レプトン数が変化する過程が起こりえます。標準模型に現れるニュートリノの質量が小さいことを説明するシーソー機構によると、これらとは別に重いニュートリノがいたはずで、それらが宇宙の初期に崩壊するときにレプトン数だけを生成する可能性があります。
このレプトン数が電弱相転移より前にバリオン数に転化され現在に至ったというシナリオがあります。

この他にも超対称性を持った理論に基づくものもあり、現在も盛んに研究されています。


このようにバリオン数生成の問題は宇宙の自明な観測事実でありながら、最先端の素粒子の理論や実験と関係しているホットなテーマなのです