宇宙の物質の起源

 

 

 

バリオン数と光子数

ビッグバン宇宙論は膨張宇宙と現在の宇宙に残されている絶対3度の背景放射を説明できる理論です。そしてもう1つの重要な成功は宇宙の軽元素(水素、ヘリウム、リチウムなど)の存在比を予言できることです。

第4章の元素合成で説明したように、軽元素の比を決めているのは陽子と中性子の数の比です。
そしてこの比は元素合成が起こる時期の核子と光子の数の比で決まります。

温度が冷えてくると陽子より少しだけ重い中性子は陽子に壊れますが、壊れる前に他の核子に捉えられればそのまま中性子でいられます。そして重水素やヘリウムの原子核を作ります。ところが、まわりの元気な光子が多いと中性子が捕まるのを邪魔するので、ヘリウムの出来る割合が減ります。

元素合成の時期までに温度が下がると、核子とその反粒子を対生成するほどの元気のいい光子はいなくて核子と反核子の対消滅も終わっていますので、ここで問題となるのは、核子と反核子の数の差光子の数の比です。核子はクォーク3個からできていましたから、前者はクォークと反クォークの数の差と言っても構いません。慣例として、クォークがバリオン数 1/3を持つと数えます。つまり、

ということです。
この数を光子の数で割った量を横軸に、ヘリウム4が宇宙の元素の質量に占める割合を縦軸にとりますと、ビッグバン宇宙論は次のグラフを予言します。


光子が多いと(グラフの左側)、ヘリウム4に捉えられる中性子の数が減りますのでヘリウム4も減ります。この状況を詳しく計算するとこのグラフの右肩上がりの曲線になるのです。

そして宇宙にある若い星や銀河(重い元素を含まない)を観測することによりヘリウム4が水素などの元素に比べてどのくらいの割合で存在しているかを調べると、質量比で約24%になります。このグラフの縦軸で0.24付近の長方形がそれを表しています。これから、バリオン数と光子数の比が


の範囲にあればヘリウム4の占める割合が説明できます。ここで「密度」を使っています。密度は宇宙膨張とともに減りますが、その比は宇宙が膨張しても変わりません。この数は光子数やバリオン数が変化する過程が終われば宇宙膨張しても変わらない数なので、宇宙のバリオン数の尺度として使われています。以下ではこの量のことを単に「宇宙のバリオン数」とよびます。

同様の計算を重水素、ヘリウム3、リチウム7について行ったものが右のグラフです。重水素やヘリウム3はヘリウム4の材料ですので、ヘリウム4が多く作られるときにはこれらはより多く使われて減るので右肩下がりの線になります。
これらの軽元素が全元素の質量に占める割合も同じバリオン数と光子数の比によって説明されます。

このようにビッグバン宇宙論に基づいて、軽い元素は宇宙が冷えていく過程で中性子が原子核に捉えられて作られたとすると、様々な軽元素の存在する割合が1つのバリオン数と光子数の比からすべて説明できてしまいます。


「ビッグパン」というと火の玉から始まった膨張宇宙ということだけが注目されがちですが、実はこの軽元素の比を説明できることも大きな成功のうちの1つなのです。

こうしてビッグバン宇宙論で現在の宇宙が出来るためには、元素合成の時期にバリオン数と光子数の比が上記の値の範囲になければなりません。分母にある光子も、その大半はクォーク・反クォークの対消滅から来ていますので、宇宙にクォークや反クォークが沢山いた時代では、この条件は、おおよそ100億と1個のクォークに対して、100億個の反クォークがあれば満たせます。

ここではビッグバン宇宙論によると

宇宙のバリオン数が約100億分の2か3であれば、現在の宇宙の姿が説明できる

ことを見ましたが、この値は宇宙が冷えていく過程でどのようにして生じたのでしょうか?